ネタ披露

秋田県 ペンネーム・TSUNAMU さんからの投稿作品
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昼の連続ラジオ小説 第5話 年末特大号



社会人野球のコケックスから、プロ野球苦天の監督に就任する野原監督は、今日もデータと格闘していた。
ハードバンクの4番打者・竹中をどういう配球で打ちとったらいいのか、あるいは東武のエース・梅坂をどう攻略したらいいのか?
プロ野球の監督として、アマチュア野球の監督として長年やってきた野原には、経験でも理屈でも、もう答なんてたいていのことはわかっていた。
野原ノート」という本が出版されたことも、野原の野球観・野球理論がしっかり確立されていることの一つの象徴だった。

時間は朝の5時。この日も野原は寝る間を惜しんでパソコンに向かっていた。
確実を完璧に。その作業には時間がいくらあっても足りない。
オフシーズンも、野原の頭の中は野球のことでいっぱいだった。

そんな野原にも、気が休まる瞬間があった。
「カチ」、マウスをクリックして、野原は今日もそのサイトを開いた。



インターネット版 「NANA
このサイトは、漫画「NANA」の主人公、小松奈々と大崎ナナの交換日記を公開しています。

奈々「ねぇ、ナナ。恋っていったい何なんだろう?
小さい頃は遊ぶことに精一杯で、それがたとえ男の子でも、好きなんて気持ちはなくて、一緒にボールを蹴ったりしてたよね。
人間が成長することに、恋って必要なのかな?
カルシウムとかビタミンとかたんぱく質みたいに、私の一部は恋でできているのかな?

男性を好きになるって、男性を大切にするってこと?
大切にするって、すごく前向きに聴こえるけど、今までの私の恋は、相手を憎んだり、悲しませたりの繰り返しだったよ。
恋する2人には、大きな事件が起きて、それをなんとか乗り越えて、2人のきずなは今までより強くなったような気もしたけど、いつかは別れる時がきて。
結局盛り上がっていたのは2人だけで、他人は冷めた目で見ていたのかな?

でも私の恋に、何十万人も視聴者がいたらいいのになって時々思う。
私は情けないところばかりだけど、それなら、年に何回かは頑張れそう。
誕生日の日とか、ケーキを焼いて、シャンパンをあけて、映画のワンシーンみたいな幸せは作れそうだよ。
私が主演女優だなんて言ったらナナは、笑うかな。ねぇ、ナナ」


ナナ「恋?そんなもの広辞苑で調べれば十分じゃんか。
それより、新曲の詞を書いたんだ。まず一番最初に奈々に聴かせようと思って。

大好きなミュージシャンが 『悪い出来だ』と言って 出した新曲を
街の中で ヘッドフォンで 聴いてたら
やたらその曲が 似合うやつを 見つけて
『悪者がいた』と うれしくなった

大嫌いなコーヒーを 自販機が誇らしげに 売っている
私は鬼で 節分にコーヒー豆を ぶつけられてる気分だ

あいつが笑う あいつが泣く
あいつが嘆く あいつが騒ぐ
そんな様子を 大好きとか 大嫌いとか関係なく
眺めていたいと 思ったんだ


そうだ、この詞のタイトル、『恋』にしよう。こんな答えじゃ、納得しないか、奈々」

奈々「ねぇ、ナナ、もうすぐクリスマスだね。
みんなあんなに着飾って、イルミネーションもピカピカ光っていて、子供はサンタクロースを待っていて。
クリスマスのあざやかさに、私はどうしても自分の小ささを見てしまうよ。

人間って小さいものなんだね。
一人じゃできないことでも、みんなでやればできるって、あれって嘘だね。
不可能なことって、おそらく神様が、人間仕様にしなかったものなんだよ。
たぶん人間が何十億人集まって、何かを作ったとしても、天使の展覧会では入賞なんてできないよ。
人間は小さなものだから、たった一人がどう生きようと、どこにも影響しないのかな?

私にも実はささやかな人生の設計図があったりするんだけど、なんか馬鹿馬鹿しく思えちゃうね。
ねぇ、ナナ、ナナには、ナナの設計図があったりするの」


ナナ「設計図?それなら妹歯さんに頼んであるよ。
うちのバンドのサウンドにも木琴が足りなくて困ってたんだ。
奈々、そういえば、新曲の詞ができたんだ。

天井に自分の未来 描いてから 今日は眠ることにしよう
引っ越すときに 大家さんに おこられないように ささやかに

一回もめくられた ことのない 辞書のページって 宝の持ち腐れだね
そう思わない? その地味な言葉の裏に どんなストーリーがあるの

私の心が雨もりするの 涙が体の中にしみる
お気に入りのブーツの先で 余計なものを蹴飛ばしたい


野原監督は、2人の日記に癒されるのと同時に、来シーズンの選手への説教のセリフを探しているのだった。

第5話 完