ネタ披露

秋田県 ペンネーム・TSUNAMU さんからの投稿作品
------------------------------------

この番組は、「ハウらない動かない黒」(熊本遅監督)の提供でお送りします。

昼の連続ラジオ小説 第7話
「タイガー梅」



2006年2月。虎川高校では、大事な会議が行われていた。

2006年から始まった「虎川高校の未来を考える会」も今回で数回目。
虎川高校といえば、毎年、東大に100名以上合格させている名門校。
そんな学校がなぜ、未来などというものを、今さらながら考えているのか?

「東大に合格することだけが正解なのか?」
そんな疑問が、生徒に、教師に、広がりはじめてから、何年がたつのだろうか?
勉強に熱心なあまりに、生活感がいっさい感じられない生徒。
教師も、受験と授業を密着させすぎて、息苦しさを感じている。
そんな現場の空気を校長や教頭が無視できなくなり、この「虎川高校の未来を考える会」を立ち上げることになった。

この会議では、いろんな立場の人から意見を聞こうと、虎川高校の卒業生である政治家、官僚、医者、弁護士などが集まり、議論を交わしていた。
しかし、これらの人は、すべて東大の卒業生。
これでは、これまでとは、なにも変わらない。もっと様々な意見が欲しい。
そう思った学校側は、地域の住民、生徒の親など、とにかくいろいろな人を呼び、虎川高校の将来像を探ることにした。

会議中、この地域に住む老人がポツリと口にした。
「この学校、スポーツが強くていいですよね」
すると、眼鏡に高そうなスーツをきた男が言った。
「おじいちゃん、スポーツが強いのは猫山高校ですよ。うちは虎川高校、東大行くならの、虎川高校ですよ」

またしばらくすると、別のご婦人が口を開いた。
「ここの生徒さん、挨拶もしっかりしているし、町のゴミ拾いなども積極的にして、感心ですよね」
すると、これまた高そうな洋服を着た女性が言った。
「おばあちゃん、ゴミ拾いをしているのは、牛谷高校ですよ。あそこは不良ばかりで、授業をやってもしょうがいないから、ああやってゴミ拾いをしているんですよ。虎川高校と一緒にしないでください」

すると、なぜだろう、一瞬の沈黙が起こった。
東大でおなじみの虎川高校がこんなにも知られていないことに、学校側、卒業生は呆然とした。
しかし学校側は、少しではあるが光も見えた気がした。
「学校の存在意義が揺らいでいる」だからこそ、この会議を開いているのだ。

「ちょっといいですか?」
中年のラフな格好をしたおばさんが声を上げた。
そうすると、会議に参加する人から、思わず声がもれた。
「あれって梅田先生じゃない?」「そうよ、梅田先生よ」
この女性は梅田という名で、2005年に「家庭における掃除の七不思議」を解明して、エスベル清掃賞を受賞した、カリスマ掃除おばさんらしい。

「なんで梅田先生がここに?」「おそらく有識者として呼ばれたんじゃない?」「梅田先生って、虎川高校の卒業生らしいわよ」
会議の場が、ざわつき始めた。すると、そのざわつきをさえぎるように、梅田は話しはじめた。

「先ほどからお話を聞かせてもらっていますが、何か違和感を感じたので、少し意見を述べさせていただきます。
さっき、まるでスポーツが強い学校や、奉仕活動に積極的な学校が駄目だというような発言をされた方がいたと思うのですが、それっておかしくありませんか?
東大合格も確かにりっぱなことですが、スポーツや奉仕活動だって、同じくらいすばらしいことですよ。
東大という確固たるものが揺らぎはじめた、それって、別のものに価値があるということに、皆さんも気付きはじめているんじゃないですか?

掃除の専門家から言わせてもらえば、数学の難問を1問解けるより、みんなが嫌がる掃除の時間に頑張ってる子の方がよほど見所がある。
東大に合格して頂点に立ったとつけあがってる子供よりも、家の手伝いを毎日やっている子供の方が輝いている。

話をもう少し具体的な方向に持っていきましょう。
私が解明した「家庭における掃除の七不思議」というのは、確かに解くのも難しかった。
でも、その問題を解くのと同じくらい、難しかったことがあるんです。
それは、「掃除に七不思議」があるということを発見することです。

今の時代、やれ洗剤だ、やれ掃除機だと便利なものがあふれていますが、それを使って手軽に掃除してしまうことで、掃除の本質を考えることをみんなが忘れてしまった。
そしてある時私は、「七不思議」を発見した。
しかしそれに興味をしめしたのは、世の掃除の専門家でもなく、奥様方でもなく、偉い学者さん達だった。
学者さん達は、自分の専門である数学や物理学を使って、七不思議を解こうとした。

私がくやしかったのは、学者さん達が、決して掃除に興味を持っていたわけでなく、自分の私利私欲のために、この問題を解こうとしたこと。
そして何より許せなかったのは、『掃除の問題なんて簡単だろう』となめてかかっていたこと。

私も最初は、その学者さん達が考えた難しい方程式やらグラフやらを必死で追いかけました。
しかしそこには答なんてものはなかった。
私に答を教えてくれたのは、雑きんで必死に床を磨いている、学校の生徒さん達の姿だった」

みんなが真剣に梅田の話を聞いた。
しかしその時、いかついおやじが口を開いた。

「梅田先生、ようするに、自分のブランドの雑きんを虎川高校に一括購入して欲しいという話でしょ。ね、校長、そのくらいの予算はありますよね」
「そんなことじゃないんです」梅田の怒りは頂点に達した。しかし、話はこれで終わりではなかった。

第7話 完
次回 東大よりもすごい学校